研究の意義
今後の医療を担う医師はどのような人材が相応しいのか?
医師不足、将来の過剰予測、不正入試問題などが大きな社会問題となっていますが、“我が国の医療と国民の健康を守る医師はどのような人材が相応しいのか?”という根本的課題についてはほとんど議論されてきませんでした。
医学部入試の過熱と受験有名校の席巻
受験人口の減少に伴い、大学全入時代とも言われていますが、医学部入試は過熱状態が続いており、浪人生割合が約60%と突出して高い状態です。医師という職業自体の魅力だけでなく、高い社会的地位・収入などの二次的要因が関係していると推測されますが、実態は明らかではありません。医学部入試過熱のもう一つの要因は、受験有名校からの進学者の激増です。これは東京大学入学者の趨勢と軌を一にするものです。 “私立中高一貫校から医学部へというトラッキングが確立し、医学部入試の機会の不平等が生じている”との意見もあります。医学部入学者情報は従来もっぱら予備校業界から発信されてきましたが、公的に調査されたデータは存在しません。
社会格差と教育格差
近年、社会格差の拡大に伴う弊害が様々な面で明らかになっていますが教育格差もその一つです。低所得層出身者の大学進学率が約30%であるのに対して、高所得層では70%近くに達しています。こうした研究は社会科学・教育学分野で研究が行われてきましたが、医学部進学に的を絞った研究は行われていません。また、医師となる人材は、学力だけでなく豊かな人間性など多様な能力が求められ、そのために筆記試験だけでなく、面接、小論文、AO入試など多様な評価がなされてきましたが、多様な能力の獲得には家庭の社会的・文化的資本が関係しているとも言われており、ここにも社会格差が反映している可能性があります。
地域枠入試の効果と課題
2008年から医学部入学定員増と地域枠入試が導入され、医学部総定員(約9400名)の約20%にあたる約1700名が地域枠として入学しています。地域枠卒業生の地域定着率は概ね良好ですが、どのような社会・家庭背景の学生が入学しているのか、全国的な実態は把握されていません。
世界の潮流
医学部入学者の出身背景に偏りがある事は世界各国でも明らかとなっており、各国で対策が検討されています。米国では民族や社会階層に配慮した入試としてaffirmative actionが行われていますが、逆差別であるとの批判もあります。英国ではwidening participationと呼ばれる、民族的・社会階層的多様性の促進が図られています。我が国ではどうすべきなのか、検討を始める時期に来ています。